【書痙】定位脳手術を受け完治しました【体験談】

本ページには、定位脳手術の体験談が掲載されています。同じ病気で悩む方へ向け公開しています。スキルアップや仕事の話はここではしておりません。ご了承ください。

こんにちは、ちなです。

現在フリーランスとして、ライターやWebデザイン、動画編集などさまざまな仕事を幅広くさせていただいています。

本記事では、20年近く書痙だった私が、平成29年(2017年)3月末に受けた定位脳手術のことを話します。

私のDMにはたまに書痙に関する質問が届きます。質問者は書痙(局所性ジストニア)で悩んでおられるご本人であったり、ご家族の方であったりします。このページは、そういった方々へ向けて作成しました。

最初にいくつか要点を述べておきます。

  • 20年ちかく書痙で悩みました。
  • 東京女子医科大学で定位脳手術を受けました。
  • 私の症状は完治しました。
  • 後遺症が少しあります。
  • 費用は最小限に抑えました。
  • 手術を受けて良かったです。

このページにたどり着いた方が気になるであろうことを、実体験をもとに伝えます。

ここに書かれてあることはあくまで私という一個人の体験談や感想であることをご理解ください。定位脳手術は、100%完治させるものではありません。医師の方はもちろんそんな不安を煽るようなことを言わないと思いますが…。でも実際、思わしい経過とならなかった方の声もネット上ではお見かけします…。実際に悩んでいる方からメールをいただいたこともあります…。この記事が手術を検討している方の参考になればと願いつつ、最終的にはご自分でよく熟慮いただきたいと思っています。重ね重ね、「私の場合は」という話です。手術を推奨するもの、完治を担保するものではありません。

今は書痙に悩まされることなく仕事も生活もできており、手術を受けたことは私にとって大きな転機となりました。

しかし「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という感じで、あんなに悩んでいたことも少しずつ忘れていきます。「すごい。奇跡だ」という感じも慣れて薄まっています。震えないことが日常になったのです。

だけど私は同じ病気を持っている人が今もいて、死ぬほど悩んでいることを知っています。「これさえなければ」という思いでいろんなことを断念しているだろうと思います。

そんな方の参考になればと思って記録します。

命に関わらないからつらかった

書痙(局所性ジストニア)は、命に関わる病気ではありません。

しかし、当事者にとっては死ぬほどつらいです。ずっと頭の片隅にそのことがあります。片隅どころか、どどど真ん中にあります。

何をしていても、何を始めようとしても、どんな決断をしても、誰といても、どこにいても、ずーーーっと頭にあります。気持ちが重いです。

つらいです。症状のない人のことが、とほうもなく羨ましいです。

他人からの「緊張してる?」とか「気にすることないよ」って励ましさえ、苦痛でした。そうじゃない、そういうレベルの問題じゃないんだよ…!と。

いっそ命に関わる病気だったら言い訳もできたし、他の人からも理解されやすかっただろうにな…と、馬鹿な考えを持っていました。

私の場合は結果的に、手術を受けたことで完治しました。

外科手術です。

この外科手術がすべての人に絶対の方法とは言い切れませんが、一人の患者の体験談として読んでいただければ幸いです。

あなたの症状や気持ちが少しでも改善されることを願って。

※私が手術を受けたのは2017年3月です
※当時の内容、自分の体験談をもとにお話します

主な症状:書痙(手首の震え、筋肉のこわばり)

私の症状は、次のとおりです。特に程度がひどかったものから順に書きます。

  • 手の震え(文字が書けない。線が引けない。1人の時でも震えるが、他人の目があると悪化する)
  • 首の震え(首や頭が小刻みに震える)
  • 筋肉のこわばり(震えを抑えようとして腕や首の筋肉がこわばる)
  • 腕のねじれ(手の震えを抑えようとして筆記具の持ち方がおかしくなる)

最初は微細な手の震えから始まりました。

1番古い記憶は、小学校のリコーダーのテスト。みんなの前で、指先が震えました。この時は「私、あがり症なんだ」「緊張しいなんだ」と、心因性のものだと思っていました。

高校生になり字が書きづらくなりました。字を書くことは好きでしたが、「ノートが取りづらいなあ」とか「宿題していても手が強張るなあ」と感じることが増えました。板書する時に教師やクラスメイトに笑われたこともあります。今思い出しても恥ずかしく悲しいです。この時はまだ、自分1人の時は震えません。

「気付かれまい」と震えを抑えようとして、ますます筋肉のこわばりや腕のねじれが生じるようになりました。

一気に訪れたのではなく、年数をかけて悪化していった感じです。

そのまま根本的な対策を打てず、社会人になりました。

手の震えに関しては、最初は筆記の時にのみ表れていましたが、やがてPCのキーボードを打つ時にも出るようになりました。自分1人の時にもガタガタ震えるようになりました。

字を書く時は、腕全体にぎゅっと力を込めて、力で震えをおさえつけながら書いていた感じです。体力を消費するので、長文が書けません。スピードが出ないので、走り書きや気軽なメモができません。

右腕と左腕の太さが違いました。利き手(右手)に力をぎゅっと込めるからです。

「最悪字が書けなくなったとしてもキーボードが打てるなら、仕事で困ることはないだろう…」と自分なりに希望を持っていた私でしたが、それもできないとなるとこの先どうしたら良いんだろうと本当に暗い気持ちになりました。

また、症状を避けるために次のような行動を取りました。

  • 人前に出ることを避ける(発表やプレゼンテーションなど)
  • 文字を書く仕事を避ける(事務など)
  • 文字を書く場面を避ける(契約書を書いたり、冠婚葬祭など)

小学校低学年までは人前に出たり音読することがむしろ大好きで得意だったのですが、だんだん苦手に…というか、はっきりと恐怖になりました。

震えを軽減するために試したこと

いろんなことを試しました。

いずれも私には効果が無かったです。いずれも長期的・根本的な解消には至りませんでした。

  • サプリメント
  • 漢方薬
  • ハーブティー
  • 催眠療法
  • 心療内科
  • 精神科
  • 脳神経内科
  • 抗うつ薬
  • 抗不安薬
  • 抗てんかん薬
  • 筋弛緩薬
  • 一般市販薬(イララックなど)
  • 森田療法の本を読む
  • マッサージや自己啓発の本を読み漁る
  • オマモリズム(検索すると商品わかります。効果はありませんでしたが嫌いではないですwなるほど安心感はあります)

効果が無いのは当然といえば当然です。

書痙は、気の持ちようや心の問題、あるいは筋肉の問題ではないからです。

脳神経の異常です。脳神経外科手術で完治した今、身を以て・自信を持って言えます。

書痙は脳神経の異常です。

この認識はとてもとても大切なことです。

この認識が無いと「心が弱いせいだ」「気の持ちようなんだ」ということで、自分を嫌いになったり責めたりしてしまいます。違うんです。神経がおかしくなってるだけです。心の弱さや気の持ちようとは関係がありません。

誤った認識は根本解決を遅れさせます。無駄な時間・無駄な出費が増えます。機会損失します。

脳神経内科に通っていた頃は、てんかんのお薬をもらって数年飲んでいました。

ネットで情報を漁っていたので、次に出される薬の種類も行き着く先も薄々分かっていました。

効いたとしても対症療法です。飲み続けなければなりません。

私自身、数年も続けていて効果が無かったら次の手を打てば良かったです。

「いつか治る…」「そのうち良くなる…」と、問題に直面することから目を背けていました。

定位脳手術を受けることを決意

定位脳手術という手術があることは知っていました。

ですが、外科手術なんて怖くて踏み切れませんでした。

さらに、手術を受けることを家族に打ち明けること、病気について話すことが怖かったというのもあります。

私は自分が書痙に苦しんでいることを誰にも打ち明けていませんでした。

今思えばそれも良くなかったと思います。

震え=恥ずかしいことと、思っていた私は、誰にも打ち明けず相談もせず、ひたすら「なんでもないことなんだ」「知られたら恥ずかしい」と思い込んでいました。

しかし、ある時期に仕事やプライベートのごたごたが重なり「は〜、もうこんな人生どうにでもなれ」と、半ばやけくそな気持ちで手術を決意しました。

「手の震えを理由に、いろんなことを回避してきた結果のこの人生だ!」という気持ちです。

ここは心因性の部分もあるかなと自分では思うのですが、症状もだんだん悪化していっていました。

究極、これでどうにもならなければ死んだほうがマシでは?と本気で思っていました。それくらい、もんもんとしていました…。

東京女子医科大学の平孝臣先生に相談

定位脳手術については東京女子医科大学の平孝臣先生が有名だったので、問い合わせました。

平先生の手術を受け、改善した人のブログを読んだことがきっかけです。

また、東京女子医科大学のHPを読んで、平先生の考え方を知り「この先生に任せたい」と気持ちが強くなってきました。

初診:問診。
2回目:手術。

という流れです。

問診の際に、手術を受けることを決意していることを伝えました。

症状を話したり見せたりすると「手術でよくなります」と言っていただけました。

ちなみに問診では、堀澤士朗先生とあと1名の先生も同席しました。

後に書きますが、私の主治医はこの堀澤先生になります。

▼問診でもらった書類です。※2017年3月にもらった書類です。内容や情報は当時のものです。

手術前日(入院1日目)

入院期間は、8日間です。

手術前日に入院しました。

前日は、

  • 採血
  • MRI
  • レントゲン撮影

などを行いました。

採血が苦手です。注射1本打たれるのも怖かったです。健康診断の時も、ベッドに寝ながら採血してもらいます。「こんなんで手術なんて大丈夫だろうか?」と思いましたが、もう引き返せません。

また、あらためて手術の内容について堀澤先生から丁寧に説明を受け、同意書にサインしました。

手術後に起こりうる合併症としては、

  • 神経脱落症状(運動・言語・視野障害)
  • ろれつ障害
  • しびれ
  • 脱力
  • 発声・嚥下障害
  • 感染
  • 術後3ヶ月以内の再発

などがあるということでした。

この段階ではとにかく「再発だけは避けたい…」という強い気持ちがありました。何度も受けたくないです。絶対に1回で終わらせたいです。

極めて低い確率で寝たきりになる可能性も…みたいな話があったのですが、それは本当にまれなケース。簡単な手術です。「風邪をひいたら風邪薬のみますよね。それくらいです」みたいな言葉をかけていただいたような気がします。(ぜんぜん違うたとえだったかも知れないですが、こんな感じ)。

数年前なので記憶がおぼろですが、「自分が深刻に考えすぎてるんだな〜」と安心した記憶があります。

たくさんの症例や患者さんを見てきた先生が言うのだからもう委ねようと思いました。

翌日に手術を控えた夜はなかなか寝付けず、ずっと天井を眺めていました…。

あ、ちなみに部屋は4人部屋の窓側でした。女性のみ。

手術当日(入院2日目)

▼手術当日の流れ。※2017年3月にもらった書類です。内容や情報は当時のものです。

朝食なし。

午前中に手術を行うということだったので、まずは頭に器具をセットする部屋へ。

堀澤先生と、あと1人男性がいました。この人が注射打つ係?でした。

麻酔テープをはがして→4箇所に局所麻酔を打ってもらって、例の重たい器具をセット。

▼器具の説明。※2017年3月にもらった書類です。内容や情報は当時のものです。

これから拷問を受ける囚人かってくらい緊張しました。笑

お、重たい…。

器具をネジでぐいぐい固定していきます。この器具が手術台の器具に結合して手術が進むので、わずかなズレも無いようにグイグイ締め付けてきます。麻酔が効いてるので痛みはゼロです。

痛いところは無いか確認され、左後頭部の感覚が残っていたのでそう伝えました。麻酔増量!

この麻酔注射が痛いかなと思ってましたが、それほどでもなかったです。緊張のあまり痛みを感じなかったのかも…。笑

部屋を出る時は頭に器具をつけて、車椅子に乗せられていました。

そして、ついに手術の時間…。

手術中の様子を箇条書きにまとめます。

  • ドラマとかで見かけるような手術室
  • 入り口に「覚醒手術中。会話に注意」みたいな張り紙があった
  • 手術室には音楽が流れていた(流す音楽はリクエストが出せるみたい。出したかな?覚えていない。クラシックっぽい穏やかな曲が流れていた)
  • 堀澤先生の隣で平先生が確認しながら進める感じ
  • 外国人の医師が見学?していた
  • まず額の左上あたりの頭髪をカット(カットしたところは3年経過した今もハゲ?てます笑。そんなに目立たないのでまったく気にならない)
  • 電極を挿入するために頭皮を切開する(だらだらだら〜っと頭皮から大量の血が流れる感じがあり、気持ち悪い。麻酔がきいていたおかげで痛みゼロ。ただただ気持ち悪い。緊張がピーク!)
  • 頭皮を切開したら頭蓋骨に穴を開ける(痛くないけどガガガガガってドリルの音が直に響く。気持ち悪い。突然激痛が走ったらどうしようと不安になってしまう)
  • ドリルが終わったら電極挿入(まったく感覚は無い。先生たちが頭上で会話している)
  • 最初から最後まで右隣にいてくれた看護士さんがずっと手を握って声をかけてくれた(本当にびびっていて何度も手をにぎにぎしてしまった…思い返すと恥ずかしいけど、本当に本当にありがたかった…)
  • 緊張しすぎて心拍数があがってしまい、一旦中断。平先生に叱咤激励?される(「中学生でも受けた手術ですよ」みたいなことを言われる)
  • 震えが残っているかどうか確認しながら進める
  • しびれがないか何度も確認される(私の場合、しびれが走る瞬間は特になし。他の人のブログを読んでると、すごく反応あった方もいる様子)
  • 「これくらいにしましょう」みたいな言葉の後手術が終わる
  • 美容室みたいに髪を洗ってもらえる(短くしておけば良かったと後悔…洗いにくかっただろうな…)
  • 器具が外される
  • 先生たち頭上で談笑(髪の洗い方がうまい、みたいな話をされていた)
  • 終わったんだ…と思う
  • 安心より疑心暗鬼(え、本当にこれで長年の悩みが解消されたの?と不安のほうが強かったです)
  • 症状が改善した実感はない

その後、検査か何かあったかな?

自分の部屋に戻った後は、それこそ死んだように眠りました…。

とりあえず終わった…。

抜糸は4〜5日後くらい(たしか)で、これもべつに痛くなかったです。糸というかホチキスの針みたいなやつで留めています。傷口がかさぶたみたいになっててかゆかったので、ホチキスの針をシャッと抜く感じが心地よいくらいでしたw

▼手術の流れ。※2017年3月にもらった書類です。内容や情報は当時のものです。

手術後のこと

他の人のブログを見てると手術中にもう「震えない」と実感される方もいるようですが、私の場合、そんなにはっきり実感できなかったです。

▼手術翌日の字。力入らず、大きさや線がコントロールできません。

結論「もう治った。私はもう大丈夫だ」と思えるまで1ヶ月くらいかかりました。

まず、右手(利き手)にまったく力が入らない。震えも消えている感じはしない。ただ、手術前より力が入らなくなっただけ。

ずっとずっとノートに字を書いていました。

気持ちが晴れなかったです。失敗したのかな…と不安になっていました。

▼実際の字の練習ノート3冊。

Twitterが心の支えになった

実は、Twitterで同じ手術を受けた方とやり取りしていました。

男性の看護士さん(たぶん。たしか)。

定位脳手術を受けて、筆記が改善したという方です。

手術前夜もDMでやりとりしていて、ずっと前向きに励ましてくれました。

私はたぶんピリピリしていたので少しでも不安を感じさせる要素が書かれていたら、絶望する自信がありました。笑

でも、さすが医療従事者…プロの方だなと思ったというか、そもそもその人が素晴らしいというのもあると思うんですが、希望しか無かったです。

うまくいくんだ、良くなるんだ、と前向きな気持ちを忘れずにいられたのは間違いなくこの方のおかげ。

会ったことも、話したこともない。Twitterが無ければ絶対につながることがなかった縁です。

実際に同じ手術を受けたということで、説得力や信頼感が半端なかったです。

そして、手術が終わったのにそれほど効果を実感できず「むしろ悪化…?」と不安になっていた私をすごく励ましてくれました。

効果を実感できないまま退院…

手術の後、堀澤先生の前でキーボードを打ってみたり、字を書いてみたりしました。円をぐるぐる書いてみたり。

手術前後でビデオ撮影もおこなわれました。学会とかで使うのかな?分からないですが…他の患者さんのためになればいいなと思っていました。

この時は効果が実感できていなかったため、私は不安でした。

先生は、

  • 時間はかかるけど良くなる
  • できることはすべてやった

というようなことを話しました。

正直、疑心暗鬼でした…。

本当によくなるのかな…って。

今ならあの頃の自分に「大丈夫だよ!」って言えますが、不安の気持ちが強かったです。

震えが消えたことを実感するまでに結構かかった

とにかく、手に力が入らなかったです。全然。

鉛筆を落とす。線を書けてもフラフラする。力をこめることができない。書きづらい。書けたとしても全然なめらかじゃない。ガタガタ震えるほど力が入っておらず、ふにゃふにゃした感じ。微調整がうまくいかない…。

お風呂に入って髪を洗っている時もバランスが保てず、フラフラしてしまう…。

歩いてても斜めになる…。

不便…。

そんな日々が続きました。

この時期ものすごーく気持ちが沈みました。

「思い切って手術なんか受けたせいだ」「あのまま我慢してれば今よりマシだったんだ」と思いました。

でももうどうしようもないので、毎日毎日、新聞記事などをノートに書き写していました。

「この機会に正しい鉛筆の持ち方を学び直そう」とも思って、書き方の本や、テンションあがるようにと可愛い文房具も書いました。

そう、地味に嬉しかったのが、文房具屋さんに行くことが楽しくなったこと!

それまでは「筆記」を想起させる場所として、嫌な場所だったんです。文房具は好きだけど、悲しい気持ちになる…。

だけど、手術終わった後はおもいっきり色ペンとか、ちょっと高めのボールペンとか買いました。笑

40日目くらいから急激に良くなった

「あ、大丈夫かも」と思えたのが、40日目くらいです。

時間がかかったほうなのかな…。どうでしょうか。

▼手術8日目。

▼手術40日目。

ずっと書く練習をしていたので、その効果があったのかも知れません。電極で焼いた部分の腫れが引いていって、改善したのかも知れません。

全部、推測です。

ただ、文字が書けるようになりました。
キーボードが以前のように早く正確に打てるようになりました。
もう腕をねじらなくてもペンが持てます。

「こんな日は絶対に来ない」と確信さえしていたので、「あ、ほんとに治るものだったんだ…」「医療ってすごいな…」「お医者さんってすごいな…」「人間ってすごいな…」と静かに驚愕しました。

こうして書けるようになって初めて「今までのあれは、やっぱり脳の神経の異常だったんだ…」と実感できました。

手術を決断しながらも、まだ心のどこかで「心因性のもの」「精神的なもの」という考えがあったんです。

震えって、本人も軽視してしまう(したい)もの、だと思います。私はなるべく気持ちを楽に…という思いから、本当の解決策から目を背けていたように思います。問題から目を背けることは解決策から遠ざかることです。私はそうだったのかなと思います。

でも、自分の問題に向き合って、適切な対策を検討して、適切なところで適切な手術をしてもらえば、治ります。

私の場合、それが定位脳手術でした。

ここまで20年以上かかりました。

20代はずっとずっとずーっと逃げていました。外科手術じゃない治し方をあれこれ試して、結果が出なくて、憂鬱でした。ずっと憂鬱でした。本当に、ずっとこれが憂鬱でした。

後遺症のこと

重要な前提として、私が20年以上「なんとかしたい」と苦悩した症状自体は定位脳手術により完治しました。

この段落では後遺症うんぬん書きますが、上記が何より重要なことです。

震えません。
強張りません。
捻転しません。
「もう再発しない」という確信があります。
震えていた頃のことも少しずつ忘れています…。

その上で、定位脳手術を受けた後の後遺症について、3年以上経過した現在のことを書きます。

  • 舌先のしびれ
  • ろれつが悪くなった
  • 体幹が悪くなった

いまだにこういう症状が残っています。

良くなっていくものではなく、ずっと残りそうな感じがあります。

味覚障害は…ないかなと感じています。あったとしても気づいていない程度です。しびれはあるけど、味は普通に分かります。

これらのいずれも、日常生活に差支えません。ろれつは少しずつ良くなりました。人との会話、普通です。気をつければまったく問題ないです。

あ、飲み物にむせることは増えましたね…!

ぼーっと飲み物を飲んでいると「げほげほ」ってなります。

口の中全体が、麻痺?…なんと言えば良いのでしょう…。うーん…歯医者さんで麻酔打ってもらって、動かしづらいみたいな感覚ですかね。ああいうのがずっと続いている感じです。

なので、できるだけ飲み物はストローを使って、ゲホゲホならないようにしています。

注意して飲んでれば問題ありませんが、横向きで飲んでたりテレビを見ながら飲んでたり、「飲む」という行動から意識がそれている時によくむせているように思います。たまに自分の唾液が詰まることもあります。

今は30代ですが、年を重ねるともっと深刻になるかも知れないです。嚥下機能が調子悪いです。

その他では現状、日常生活に特段支障ありません。人から指摘されることもほとんどありません。

かかった費用

最後にお金の話をします。

概算の部分もありますので、参考程度に。

  • 初診料(問診):2,200円
  • 手術・入院費用の合計:69,120円
  • 入院中のレンタルウェア:3,238円
  • 室料・食事代:37,000円
  • 診断書作成(保険会社への提出用):6,480円
  • 手術後の診察(3ヶ月後):6,130円

高額療養費制度を利用し、手術費用自体は57,600円におさまりました。この制度は絶対に利用してください。病院の窓口でも説明があるかも知れません。

なお、収入によって限度額は異なります。私は当時それほど収入がなかったので、限度額は1番低い57,600円でした。「どれだけ医療費かかってもあなたの支払いは57,600円ですよ」って制度です。

▼参考リンク

後から請求もできますが、支払い時は立て替えになります。なので事前に申請して認定証を持参することがベターです。

また、これとは別に私が加入している民間の医療保険からは、後日150,000円の見舞金を受けました。

ですのでこの手術、ほぼ無料で受けたようなものです。

ただ!

私の場合、九州から東京への往復旅費・家族の宿泊費のほうがガッツリかかりましたね…。笑

でも、それくらい支払います。気持ちとしてはもっとかかっても払います。

20年以上にわたって死ぬほど悩んでいた病気を、治してもらえるので。

まとめ

以上、定位脳手術を受けた1患者の体験談を長々と話してきました。

私の手術に携わってくださった医師の方々、入院生活を支えてくださった看護師の方々には、とても感謝しています。

  • 書痙は治る病気だった
  • 定位脳手術は有効だった
  • 後遺症はどうしてもある
  • 医療制度や保険を使えば出費は相当抑えられる

実感として確実に言えるのが、以上です。あくまで私個人の場合です。

他の人のブログなどを読んでいると、同じ病院で同じ手術を受けた方でも術後の経過はさまざまだったりします…。

人によって、回復や改善の程度におおきな違いがあります。

何度も繰り返しますが、このブログ記事で書いたことはあくまで私個人の体験談や感じ方を記したものです。

現在は医療体制や手術の選択肢も変わっていると思います。

ぜひ最新の情報をキャッチして、信頼できるところで医療を受けてください。

皆様の症状が快方に向かいますように。不安が少しでも軽減されますように。

この記事は以上です。